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セリーヌ財布新作2012編集

「忠興殿、人間はのう、無駄に殺すより、生かして使えば使う道があるものじゃ。投降の意を表した者を殺して、何の武士の誉となりましょうや。戦う意志のない者を打ちとって、何の潔いことがありましょうや。忠興殿、投降者を許すことも、肝要な武士の道と心得られよ」  忠興はむっとした面魂を見せていたが、それでもようやく光秀に従った。  こうして内藤一族とその臣たちの降伏を信長に報じ、亀山城は遂に光秀の城となった。光秀は内藤の家臣をことごとく自分の臣として、手厚く扱った。これによって、光秀、藤孝の評判は更に上がった。  だが、今、その時の忠興を考えると、光秀は玉子を嫁がせることに躊躇も感ずる。 (確かに頼母しい婿にはなるであろう……)  まだ十四や十五で、大人をも凌《しの》ぐ勇気がある。亀山城の一件も、年若いための一徹さであって、特別無思慮というわけではないのだ。  藤孝とは、この松の内に一度二人を見合わせようと話し合って、別れてきた。信長の命とあっては、嫁がせぬわけにもいかぬと、光秀は燭台のゆらめく灯をみつめた。風もないのに、炎は右に左に揺れやまない。 (考えてみると、悪い縁談ではない)  世には、人質にやる思いで、娘を敵国に嫁がせる例も多い。藤孝とは、越前の朝倉家にいた時からの親友で、もう十五年ものつきあいになる。光秀の周囲に、藤孝以上に信頼できる人間はいない。その藤孝の息子に嫁がせるのだ。むしろ願ってもない良縁と喜ぶべきであって、何の文句もないはずなのだ。  何のことはない。自分の心の底を探っていえば、忠興にも、細川家にも何の苦情のあるわけではない。自分は、玉子を嫁がせるのが淋しいのだと、光秀は苦笑した。  いや、苦笑したつもりで、のどもとにこみ上げてくる熱い感情があった。 (ばかな!)  光秀は、両の目頭をおさえた。  一度他家へ嫁したなら、めったに玉子はこの城を訪ねて来ることはあるまい。姉娘たちの結婚も、それぞれに淋しくはあった。が、この度の玉子の場合は、特別に愛しいのだ。他の娘たちは、父親の光秀には何も語らなかった。だから、何を考え、何を思って生きていたかを光秀は知らない。  が、玉子はちがう。玉子は幼い時から、父を恐れず、よく馴ついた。自分の思いを、疑問を、いつも光秀に語ってきた。それが光秀の大きな慰めでもあった。 (惜しい)  光秀は、やや細ってきた燭台の光をみつめながら、深い吐息をついた。  ふと、光秀は初之助の顔を思い浮かべた。
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