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想定為替レート一覧編集

 原因は、時差であった。CIAは攻撃時間をニカラグアの現地時間でB26に伝え、海軍はそれをワシントン時間で伝えた。この両地の時差がまさに一時間だったのである。  T33が四機だけ残っていた一件はともかくとして、この時差の食違いのことを考えるとき、歴史の流れに、人間の意思以外の力が作用する、とわたしは思わずにはいられない。T33がエセックス号の戦闘機によって撃墜されてしまったと仮定すれば、プラヤ・ヒロンでの戦闘はどちらが勝ったか、にわかに速断しがたいのである。もちろん、千五百人の侵攻軍は、グランマ号の八十二人とは、その精神の質において比較にならない。反革命軍が簡単に勝利を握ることはできなかったとしても、わずか七十二時間で、大半が掃討されるか捕虜になったという事態は起こらなかっただろう。 ★  戦闘が終ったあとのチェについてアニア・フランコはつぎのようなエピソードを伝えている。  捕虜になった亡命キューバ人のなかに黒人を見出して、チェはびっくりして問うのだ。 「きみは、そこで何をしているんだね? 民主主義を再建しにきたのか」  沈黙する黒人にかれは説く。革命前のきみは、いっしょに攻めこんできた連中のなかにまじっている良家の子弟が泳いでいた専用プールで、泳ぐことを許されていたのか。きみが攻めこんできたいまのキューバには、人種差別はまったくないし、金持ち専用のプールもないが、きみは、キューバにきて、そんなものを復活したかったのか。革命前のやつらは、黒人はプールの水を汚す、といって絶対に入れなかったが、こんどはプラヤ・ヒロンの水が汚れるとはいわなかったのか。  チェの言葉は痛烈をきわめるが、かれの心境としては、CIAに金でやとわれたこの無知な黒人を前にして、痛烈にならざるを得なかったであろう。  その一方で、かれは明るさを失ってはいなかった。チェは、捕虜たちがサンドウィッチやオレンジを食べているのを見ると、食べられるかね? と訊《き》く。そのとき、チェたちは何時間も何も食べていなかった。で、かれは、ぼくらの方が捕虜よりも虐待されているらしい、とジョークをとばす。居合わせたものみんなが笑い出し、捕虜までも笑い出すのだ。  しかし、チェは決して警戒をゆるめはしなかった。かれは、アメリカが直接介入するに違いないと考えていた。そして、フランコに、その地点はどこかと訊かれると、それがわかっていれば、ぼくはそこへ行って連中の来るのを待つさ、と笑いながら答えるのだ。  当のケネディのもとへは、国じゅうから非難の声が挙がっていた。この非難のなかには、ケネディのやり方の生ぬるさに対する右翼からのものもあったが、全体としては、ニュー・フロンティアの旗手に対する幻滅で占められていた。ハーバード大学をはじめとする十数校で、抗議集会がひらかれ、四月二十一日ニューヨークで行なわれた抗議集会には、三千人の学生や市民が集まった。ノーマン・メイラーは文学仲間といっしょにデモを計画し、ライト・ミルズは、 「祖国のために絶望的な羞《はずか》しさを感ずる。もし自分のからだが行けるものなら、フィデル・カストロのがわに立って戦うのに」  といった。  リチャード・ニクソンは、ケネディに意見をとわれて、適当な合法的口実をみつけて介入すべきだ、と、進言したが、ケネディ自身はいまや自分の犯した過ちを認める心境になっていた。かれは、歴史の被告席に立つことを決意して、こういった。 「勝利には百人もの父親が名乗り出るが、敗北はつねに孤児である。わたしは政府の責任をとるべき地位にあり、それですべては明白である」  ヘビイ級のチャンピオンが、繰り出したパンチをかわされ、逆にフライ級ボクサーのカウンターによって鼻血を出したようなものだった。第一ラウンドは、誰がみてもフライ級のポイントであった。  33 チェは語った……
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